松山地方裁判所 平成7年(ヨ)194号 決定 1996年11月19日
主文
一 債務者は平成九年二月九日まで、別紙物件目録記載の便座カバー製造装置を使用してはならない。
二 申立費用は債務者の負担とする。
理由
一 前提事実
1 本件実用新案権について
債権者らが、次の実用新案権(以下「本件実用新案権」といい、その考案を「本件考案」という。)の共有者であることは、当事者間に争いがない。
・実用新案登録番号 第一七一七三四八号
・考案の名称 便座カバー製造装置
・出願日(出願番号) 昭和五七年二月一〇日(五七--〇一六三九二)
・公告日(公告番号) 昭和六二年六月二七日(六二--〇二五一九九)
・登録日 昭和六三年二月九日
・実用新案登録請求の範囲
別紙実用新案公報(以下「本件明細書」という。)の実用新案登録請求の範囲記載のとおり
2 イ号物件について
(一) 債務者は、昭和六三年から別紙物件目録記載の便座カバー製造装置(以下「イ号物件」という。)を使用して便座カバーを製造し、これを販売していたこと、イ号物件は、株式会社石津製作所(以下「石津製作所」という。)が製造し、債務者に納入したものであること、イ号物件が本件考案の技術的範囲に含まれることは、当事者間に争いがない。
(二) 債務者は、石津製作所が平成八年九月二四日にイ号物件一号機を、同年一〇月四日にイ号物件二号機をいずれも改造したので、現時点ではイ号物件を使用していないと主張するのに対し、債権者らは右主張事実を争っている。
しかし、仮に債務者の右主張どおりであるとしても、債務者は平成八年一〇月四日までイ号物件を業として使用しており、債務者がいつ又イ号物件の使用を再開するかも知れないので、債務者のイ号物件の使用が本件実用新案権を侵害する違法な行為であるとすると、債権者らが債務者に対し、実用新案法二七条一項所定の予防請求権としての差止請求権を有することに変わりはない。
3 A物件について
(一) 石津製作所は昭和五〇年一〇月頃、TS--一型と称する便座カバー製造装置(以下「A物件」という。)を製造し、債権者クリンペットに納入していたことは、当事者間に争いがない。
(二) 《証拠略》によると、A物件は本件考案の技術的範囲に含まれることが認められる。
二 本件考案の無効事由について--債務者の抗弁1
1 債務者は、本件考案は、公知の技術思想を単に寄せ集めただけであり、実用新案法三条二項により無効であると主張する。
しかし、債務者指摘の技術・文献は、本件考案の構成をそっくりそのまま開示するものではなく、また、それぞれの組合せが極めて容易であるともにわかに即断できないので、本件考案が右技術・文献により進歩性を否定されるものとは断定し難く、本件考案が、実用新案法三条二項により無効であるとは認められない。
2 債務者は、石津製作所は、昭和五〇年一〇月頃A物件を製造して、債権者クリンペットに納入しているところ、A物件は本件考案の構成要件を全て充足しており、本件考案は、その出願前に公然知られた又は公然実施された考案(A物件)と同一のものであるから、実用新案法三条一項一・二号により無効であると主張する。
しかし、債権者らは、(一) 債権者クリンペットが石津製作所に対しA物件の製造を発注するに当たって、石津製作所との間で、A物件について技術上の秘密を保持する旨の約定があったこと、(二) 石津製作所は、債権者クリンペットにA物件を納入した後、韓国の業者からもA物件発注の引き合いがあったが、債権者クリンペットとの間で秘密保持の約定があったので、債権者クリンペットを介して販売する方法や、債権者クリンペットに支払う三〇〇万円を上乗せして韓国の業者に販売する方法も検討したが、結局、韓国側業者との間で折り合いがつかなかった経緯があること、(三) 石津製作所と債権者クリンペットとの間で秘密保持の約定があったので、A物件が製造された昭和五〇年一〇月以後、本件考案が出願された昭和五七年二月一〇日まで、石津製作所が便座カバー製造装置を製造販売したことはないこと、以上の諸点を指摘して、本件考案が出願された昭和五七年二月一〇日時点でも、A物件の技術内容についての秘密がよく保たれていて、公知ではなかったと反論し、その疎明証拠を提出している。
したがって、A物件が本件考案の構成要件を全て充足していたとしても、本件考案が出願された昭和五七年二月一〇日時点で、A物件の技術内容が公知であったと断定するのは困難であり、本件考案が実用新案法三条一項一・二号により無効であるとはにわかに即断し難い。
三 先使用権について--債務者の抗弁2
1 先使用権の範囲についての一般論
債務者は、A物件が本件考案の構成要件を全て充足しているので、石津製作所が有する先使用権の範囲は、本件考案の技術的範囲に含まれる全ての便座カバー製造装置に及ぶと主張する。
しかし、最高裁昭和六一年一〇月三日判決・民集四〇巻六号一〇六八頁は、「先使用権の範囲は、特許出願の際に先使用権者が現に実施又は準備をしていた実施形式だけでなく、これに具現された発明(その実施形式に具現されている技術的思想)と同一性を失わない範囲内において変更した実施形式にも及ぶ。」と解している。そして、特許出願に係る発明が上位概念ないし広い範囲の発明であるのに対し、先使用権者が実施していた発明が下位概念ないし狭い範囲の発明である場合(換言すれば、先使用権者が実施していた発明が特許出願に係る発明の一部に過ぎないような場合)は、先使用権者は、その実施していた一部の発明についてのみ先使用権を有するのであり、特許出願に含まれた発明の全部について先使用権を有するものではない(法曹会発行・最高裁判所判例解説民事編・昭和六一年度の四二五頁〔注八〕参照)。
そうだとすると、A物件に具現された考案が本件考案の一部に過ぎないような場合は、A物件が本件考案の構成要件を全て充足していたとしても、石津製作所が有する先使用権の範囲は、本件考案の技術的範囲に含まれる全ての便座カバー製造装置に及ぶのではなく、A物件に具現された考案と同一性を失わない範囲内において変更した便座カバー製造装置についてのみ、石津製作所は先使用権を有するに過ぎない。
2 石津製作所がイ号物件について先使用権を有するか否か
(一) A物件とイ号物件との差異
《証拠略》によると、A物件とイ号物件とでは、次のような構造上・機能上の差異があることが認められる。
(1) A物件では、直交方向折りたたみ後でなければ、単位体長さに切断できないのに対し、イ号物件では逆に単位体長さに切断後に、直交方向折りたたみを行う。その結果、イ号物件は段折りが可能であるが、A物件では段折りが不可能である。段折りして製造された便座カバーは、収納された容器から容易に取り出すことができるという利点がある。
(2) 紙シートを単位体長さに切断するのに、A物件ではバンドソー(帯鋸)を使用しているのに対し、イ号物件では回転カッター(切断ロール)を使用している。その結果、イ号物件の方が格段に生産性が高い。
(3) A物件は、紙シートの送りロールの軸が地平面に垂直に取り付けられ、紙シートが地平面に垂直の状態で引っ張り加工されるので、紙シートの強度が維持されず切れ易いのに対し、イ号物件では、紙シートの送りロールの軸が地平面に水平に取り付けられ、紙シートが地平面に水平に引っ張られるので切れにくい。
その結果、A物件では、紙シートを引っ張る際に切れないように、一平方メートル当たり三〇グラムもある厚手の紙でなければならない。現在では、公共の場所(列車・飛行機・ホテル・レストラン等)に備付けられている便座カバーは、一平方メートル当たり三〇グラム未満の薄手の紙ばかりであり、消費者が携帯用に持ち運びするにも薄手の便座カバーが便利である。
(二) 本件考案の構成について
本件考案は、次のような構成からなる便座カバー製造装置である。
(1) 原反から繰り出される水溶性の帯状素材をその折り目が送り方向に延びるように二つ折りに折りたたむ手段(折り目の送り方向二つ折り手段)と、折りたたまれた帯状素材に排出物の通路を形成するために便座のほぼ内縁に沿う切目を入れる手段(切目入れ手段)と、切目が入れられた帯状素材を便座カバーの単位体の長さに切断する手段(単位体長さ切断手段)と、切断前か切断後の単位体を折り目が送り方向とほぼ直行する方向に延びるように二つ折りに折りたたむ手段(直行方向折りたたみ手段)を具備すること。
(2) 切目入れ手段は二つ折りに折りたたまれた帯状素材を挟む一対のロールを備え、一方のロールには他方のロールとあいまって帯状素材に不連続な切目を形成する刃が設けられ、この刃は排出路の通路を帯状素材の折り目に沿って二つ折りにした形態に形成されていること。
(三) 前記(一)(1)の差異について
本件考案は、先に単位体長さ切断を行い、その後に直行方向折りたたみを行う場合(以下「イ号物件方式」という。)と、先に直行方向折りたたみを行い、その後に単位体長さ切断を行う場合(以下「A物件方式」という。)の双方が含まれる。本件明細書の3欄26行目ないし28行目でも、その旨が明示されている。
イ号物件方式では段折りが可能であるが、段折りして製造された便座カバーは、収納された容器から容易に取り出すことができるという利点を有することについて、本件明細書の2欄15行目ないし19行目でも明示されている。
したがって、「単位体長さ切断手段」と「直行方向折りたたみ手段」の前後関係について、本件考案はイ号物件方式とA物件方式の双方を含むものであるが、A物件はA物件方式によるものであり、イ号物件はもう一方のイ号物件方式によるものである。A物件方式によるA物件の実施からは、イ号物件方式によるイ号物件にまで先使用権が及ばない。
(四) 前記(一)(2)の差異について
本件考案の「単位体長さ切断手段」(上位概念)は、当然のことながら、A物件のバンドソー(下位概念)やイ号物件の回転カッター(下位概念)を含むものである。本件考案の実施例では、イ号物件と同じ回転カッターを用いている(本件明細書の3欄2行目ないし7行目)。
したがって、本件考案の単位体長さ切断手段は、バンドソーや回転カッターを含む上位概念で規定しているのに対し、A物件の単位体長さ切断手段は、バンドソーという下位概念によるものであり、A物件による先使用権は、単位体長さ切断手段が回転カッターによるイ号物件には及ばない。
(五) A物件とイ号物件との実施形式の同一ないしは均等性について
債務者は、直交方向折りたたみ手段後に単位体長さ切断手段を行い、単位体長さ切断手段としてバンドソーを用いる(A物件)か、単位体長さ切断手段後に直交方向折りたたみ手段を行い、単位体長さ切断手段に回転カッターを用いる(イ号物件)かは、いずれも本件考案出願前から公知の文献・技術による公知の形式であり、当業者であれば、右いずれかの選択(置換)は極めて容易な作業であって、実施形式として同一(でなければ、単なる公知形式の置換として均等)であると主張する。
しかし、甲第七号証によると、A物件は、従来の紙ナプキン製造装置をそのまま利用し、これに切目を入れる手段を付加したものに過ぎず、イ号物件の如く、段折りの便座カバーを自動的に量産可能な構造手段について、何ら開示も示唆もしていないことが認められ、A物件とイ号物件との間には、均等の成立要件である置換可能性(特許発明の構成要件の一部を他の要素に置換した技術が、特許発明の目的及び作用効果において同一であるが故に、置換が可能であること。)の要件を充足していないので、A物件とイ号物件とが、実施形式として同一ないしは均等であるとは認められない。
(六) 総括
以上の次第で、A物件は本件考案の一部であり、イ号物件は本件考案の他の一部であることが認められるので、石津製作所はイ号物件について先使用権を有しない。債務者の先使用権の抗弁も理由がない。
四 保全の必要性について
債務者は、昭和六三年に石津製作所からイ号物件を購入し、少なくとも平成八年一〇月四日まで継続してイ号物件を使用して、便座カバーの製造販売を続けていたものであり、その間、債権者らの損害は日々拡大していたものである。
債務者は、石津製作所が平成八年一〇月四日イ号物件に改造を加え、同日以後イ号物件を使用していないと主張しているが、そうだとしても、石津製作所がイ号物件に改造を加えたのは、当裁判所が平成八年九月一三日の審尋期日において債務者に対し、本件仮処分決定認容の見通しを示唆したからであり、債務者が自発的にイ号物件の使用を中止したものではない。したがって、債務者は、本件仮処分決定が却下されると、当然イ号物件の使用を再開することが予想される。
本件考案の出願日は昭和五七年二月一〇日であり、実用新案権の存続期間は実用新案登録出願の日から一五年を超えることができないので(平成五年法律第二六号による改正前の実用新案法一五条一項)、本件実用新案権は平成九年二月一〇日に消滅する。しかし、債権者らは、平成九年二月九日まではイ号物件の使用差止請求権を有しており、それまで債務者がイ号物件を使用して債権者らに損害を与えることについて、差止を求める必要性を有することが認められる。
よって、債権者らの本件仮処分申立について、保全の必要性も肯認できる。
五 結論
してみると、本件仮処分申立については、被保全権利及び保全の必要性ともに認められるので、保証を立てさせないでこれを認容する。
(裁判長裁判官 紙浦健二 裁判官 高橋 正 裁判官 荻原弘子)